前編
「エア」である。つまり、サウナ・水風呂をすっ飛ばし、「ただひたすら、ととのいを表現するコンテスト」である。2023年9月に第1回が開催された。
Xで、ほんの数日募集がかけられ、100名を超える応募の中、30名が抽選された。そこに、私も参加した。会社の休憩室で、お昼休みにXで見つけ、ノータイムポチリをした記憶がある。
しかし「こんな謎のイベントに誰が参加するんじゃい?」と思っていたが、まさか、3倍を超える倍率だったとは、世の中、もの好きは案外多いものである。
会場は「新宿マルイの催事スペース」。多数のととのい椅子が置かれた空間に30名のサウナーが集められ、どこで噂を聞きつけてきたのか?多くの観衆のどよめきのなか、ただひたすら自分が考える「ととのい」を表現する。
審査員は、サウナ界隈で有名な、マグ万平さん、吉田支配人、岩田リョウコさんの3名。ゲストは、ドラマサ道で偶然さん役で出演している三宅弘城さん、我々と共にプレイヤーとして参加する強敵だ。
「エアととのい選手権」のルールは、すっ裸での参加はNGだが、それ以外の服装は自由。Tシャツやポンチョ、(どこで手に入れたのか)館内着が多かった気がする。サウナハットやヴィヒタなど、グッズの持ち込みも可。
運営から提供されるのは、サウナマットにととのい椅子、それと、無機質な空間だけだ。思い思いの体勢で、何をとち狂ったのか60分間!ただひたすら「ととのう」を表現するのである。
審査基準は、審査員ですら不明(笑)正解はない。逆に捉えると、全てが正解と言える。自分を信じ、ただ表現するのみである。
イベントの様子は「エアととのい選手権」でググって頂ければ、審査員の岩田リョウコさんの記事を、写真を含めて読むことができるだろう。先にその記事を読んでも、次回以降のネタバレにはならないので安心してもらいたい。この後は、主に私の内面を綴るためだ。
(続く)
中編①
自分の考えでは、ととのいに必要なのは「緊張と緩和」だ。
そう考えると、「エアととのい選手権」は試合前から始まっている。いかに、始まる前に精神的負荷をかけた状態で、試合に臨むかが大切だと考えた自分は、試合開始ギリギリまで予定を詰めるという博打に出る。
その予定は、高速道路を利用した移動を伴うので、道路事情が悪くなると、その瞬間、遅刻・失格である。人を乗せるので、安全運転を心掛けなければならない。イベント運営の代表には「高速道路の交通状況によっては遅れるかも」と事前にメールを入れ、「安全運転でお越しください」と回答があった。
そして、当日がやってきた。
なんと、演出でもなんでもなく、首都高が工事で渋滞をしていて、途中から1mmも、車が動かなくなる。
「こりゃ集合時間に間に合わないぞー」と一般道に下り、急ぎ給油をしてレンタカーを返却。自宅から電車で新宿まで向かう。
Google先生のルート案内によると5分遅刻「マズイ!!」。乗換駅でダッシュをして、電車1本分の時間を稼ぎ、到着駅から会場までもダッシュ。何とか開会式2分前に到着したのであった。
ひとことお詫びを入れて受付をする。スタッフの方に「着替えとか準備をしますか?」と聞かれたが「いや、このまま行きます」と回答。準備などしている余裕はなかった。
周りを見ると、皆リラックスした格好をして準備万端という中、ただ一人、ごく普通の恰好で参加することになったのである。
しかし、始まる前からこの精神的負荷だ。条件は揃った。ダッシュによりサウナ後のような汗と、焦りの表情の裏で、密かに勝利を確信したのであった。
(続く)
中編②
開会式でルールが初めて説明される。
・競技時間は60分(正直耳を疑ったw)
・大判のサウナマットを支給する(使っても使わなくても可。持ち帰りOK)
・体勢や場所は自由、移動もOK
・優勝者は1名
・優勝賞品は金色のととのい椅子
・審査基準は「無し(主催者側もどうしていいかわからないとw)」
私は、審査員からなるべく目立つ位置で、60分間という長い時間を活かし、何が起こっても、微動だにしないスタイルに、決めた。
恐らく開始20~30分で身体が痺れはじめ、肉体的に厳しい局面がやってくるだろう。しかし、その局面さえ、数分やり過ごすことができれば、その後はラクに完走できるだろう。「山場はひとつ」。得意分野のマラソンの経験から、仮説を立てた。
でも本当に60分も持つのか?という瞬発的な緊張の波がよせてはかえす中、試合開始!
(続く)
中編③
<00-10分>
目を閉じて深呼吸を始める。周りのどよめきや、他のサウナーの気配が気になる。特に、初めのポジショニングで、私の隣のととのい椅子に、脚を乗せて寝転んだ三宅さんの気配が濃い。流石プロの役者だ。というか、動きすぎではないだろうか?目を閉じているので分からないが、たまに何かが脚に当たる。駆け引きか何かだろうか?いや、反応しちゃダメだ。
審査員は、参加者の紹介を始める。審査席の近くに陣取った私は、初めの方で紹介された。
(万平さん)「この方は直前に相当精神的な負荷が掛かったようですね〜。唯一、普通の格好での参加となっています。」
(吉田支配人)「この方は、普段のサウナでも眼鏡を着用しているんでしょうね〜。掛け方がサマになっています。」
にやける心を抑えつつ、やがて呼吸も整ってきて、呼吸数を6回/分くらいにコントロールしていった。
(続く)
中編④
経過時間は、定期的に審査員がアナウンスしてくれるので、ペース配分は掴むことができた。
<10-20分>
審査員が、参加者たちをいじり始める。
(リョウコさん)「ちなみに、サウナ施設の人から見ると、うつむいている人と顔を上げている人、どちらが安心なんですか?」
(吉田支配人)「顔を上げている人ですね。やはり浴室を見回っているときに、のぼせなどでヤバい人は、顔色を見れば分かるので…」
ワナだ!ここで釣られて顔を上げたら(自分の中では)失点だ。ジッと姿勢は崩さない。
(万平さん)「あー何人か顔を上げましたね。まだととのいきれていないかもしれませんね〜」
心の中でガッツポーズ。
<20-30分>
キタ!だらりと垂らした腕が痺れ始めた。
ここが勝負どころだと決めて、呼吸数を4回/分まで下げる。イメージは座禅での瞑想。
呼吸に集中していると、周囲のざわつきに対してあまり反応しなくなる。身体の痺れや痛みも、感覚としてはあるものの「ただ、そこに存在しているだけ」というように、客観視できるようになってくる…はずだ。
まだ時間は折返し前だが、(自分との)勝負は佳境に入っていった。
(続く)
中編⑤
<30-40分>
審査員が参加者の周りを練り歩く。呼吸数が、3回/分まで落ちた深い呼吸の私の前でのトーク。
(万平さん)「微動だにしませんね~」
(リョウコさん)「息していますかね~」
(万平さん)「あ、生きていそうです。良かった。」
(観客)「ドッ(笑)」
もはや心の反応は起こらなくなっていた。深い瞑想状態に入ってきたのかもしれない。
<40-50分>
この時間になると、腕の痺れは、いったんヤマを越えるも、気を抜くと身体を動かしたい衝動が戻ってくる。何度かそのヤマを迎えては、呼吸に集中して戻ることを繰り返す。
呼吸数は4回/分でキープしつつ、深い集中状態は抜けて、周囲の状況は、審査員の実況や、空気の動きで把握する。三宅さんは、会場を縦横無尽に動き回り、各所で笑いを取っていた。
ここで、吉田支配人が白樺のアロマをスプレー。「プシュッ」という爽やかな音と香りと共に、自分の表情筋や脳血管が緩むのを感じ、こんなにも力んでいたのかと気づく。香りひとつでパキッと気分が切り替わるのは不思議だ。
吉田支配人によるナイスアシストにより、勝負は終盤へと続いていく。
(続く)
中編⑥
<50-60分>
この時間までくると、もはやウィニングランの状態。会場の空気もどこかホッとした気配が漂う。審査員陣営もまとめのトークに入っていたような気がする。
が、正直覚えていない。私は、一度途切れた集中状態を、再度取り戻そうと、呼吸数を2回/分まで落とし、最後戦いを仕掛けていた。10秒で吸って10秒止めて10秒で吐く。これをただ只管(ひたすら)に繰り返す。
審査員の声も、観客のざわめきでさえも、言葉ではなく美しい音楽のリズムのように感じ、ととのいを感じた頃…「終了~お疲れさまでした~」の合図。
やり切った。サウナ・水風呂なしでも、ととのうことができたのだ。1時間かかったけど…(笑)。
明けた目が眩しい。鼻にずらしていたメガネは、鼻息で真っ白に曇っていた。会場が広く感じられる。笑顔の30人のライバルたち。審査員もにこやかだ。観客がこんなにも多かったとは。急激に世界に引き戻される。
しばらくの審議ののち、審査員より、優勝者の名前が告げられた…。
(次回最終回)
後編
「優勝者は…あかねさん!おめでとうございます。さぁさぁ前で一言お願いします…」
「えーっと、喜んでいいのか悪いのか、とても戸惑う気持ちはありますが(会場笑)第一回の優勝者として、誇らしく思います。ありがとうございました。」(注)
割れんばかりの拍手と歓声。負けた…。手ごたえはあっただけに、悔しさがこみ上げる。
朝の目覚めのように、ぼんやりしていると、小柄な男性が自分に近づいてくる。審査員のマグ万平さんだ。「メチャ良かったっすね~。自分は推していたんですけどね~最終選考まで残っていて…」どうやら万平賞はとれたようだ(そんな賞はないが)少し救われる。
集合写真を撮り、共に戦った仲間とたたえ合い、審査員やプロデューサーと言葉を交わす。到着がギリギリだったので気づかなかったが、参加者の中に知り合いがいた。サウナの世界は変な人が多く狭く、わりとこういって偶然の出会いが良く起こる。
優勝賞品の「金のととのい椅子」を写真に撮らせてもらう。折り畳みできない、肘置きもある、プラスチック製のかさ張る椅子である。「これは流石に持ち帰るのは大変だろうな~郵送してもらうのかな~」と思っていたが、優勝者は、背もたれに紐をとおして背負い、爽やかに埼京線で帰っていったようだ。
…ふと、自分が負けた理由が分かったような気がした。
<汗完>
(注)記憶を頼りに書いているので、若干表現が異なると思います。雰囲気をお楽しみください。
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